自転車

堺の自転車は、鉄砲鍛冶たちの知識と経験から発展していった。

鉄砲と堺の自転車

自転車は、ドイツのカール・ドライス男爵が1818年に、木製のハンドルつき二輪車で地面を両足でけって走るドライジーネをつくったのが最初といわれています。

日本に初めて自転車が入ってきたのは、慶応年間(19世紀)のこと。そのうち、明治3年(1870年)頃から徐々に輸入されはじめ、時間制による自転車の貸出し、自転車の国産化により、明治32年(1899年)頃には大いに自転車が普及することになりました。

そして、当時、堺市内で自転車の修理並びに自転車部品の製造にあたったのが、機械金属について、優れた知識と豊かな経験をもっていた「鉄砲鍛冶」たちでした。

一方、我が国で自転車産業が確立するのは、第一次世界大戦(1914~18年)がきっかけとなりました。その当時は、まだまだ輸入品が中心でしたが、戦争のため輸入がほとんどストップしてしまい、国内生産の充実が必要となったからでした。

堺においても、この時期に一大産地として、急激に発展することになりました。

現在、堺製の部品がなくては、日本の自転車産業は成り立たないといわれ、完成車についても多様なニーズにあわせてバラエティ豊かな自転車を生み出しています。